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| 久しぶりのらんぼうの新コーナー。気持ち新たに掲載していきます。らんぼうのニューワールドをお楽しみ下さい。 皆さんも「らんぼうの広場」に書き込みを! |
| 山の先輩で、雑誌「山の本」の、主宰者の一人でもあった島本達夫さんは、よく雑誌の中で、さりげなく俳句を披露していた。また、僕のコンサートの時などは、紙袋いっぱいに「山の本」をお持ちになり「出たばかりです、今号はなかなか面白い話が揃いましたよ」などと言って、山関係者に配っていたのを思い出す。中村みつを画伯などは、そんな島本さんを「雑誌おじさん」と敬愛を込めて呼んでいたものだ。 その島本さんが入院した。「ちょいと、すい臓のがんを摘出しました」と笑う。僕は無事手術が終わり、退院されてから「山の本」紙上で病気のことを知った。そこで上田市の山仲間「コバンザメおばさん」こと安藤洋子さんと、新宿区にあるお屋敷町の、島本さんを見舞った。 まあ、拍子抜けするほどお元気で、応接間の書棚から本を抜き出しては「差し上げますよ、ご遠慮なく」などという。その様子は「雑誌おじさんそのものであった。なるほど、なくて七癖、島本さんは「差し上げ魔」だった(*^_^*)。ともあれ、夏にはまた山にご一緒したいものだ。 その島本さんの俳句である。 赤布は「山や」の専門用語のようなもので、道迷い防止のために、木などにつけるものをいう。最近はビニールテープを用いることもある。まあ、これを「えふ」と読める人は少ない。島本さんも「句会で出したら、山やにだけは好評でした」と苦笑してらした。意味さえわかればなかなか味わい深い句だと分かる。 ![]() お暇しようと門口に出たら、庭には大きな胡桃の樹がある。いまどき東京都内で胡桃の大木のあるうちなんて、そう滅多にあるもんじゃない。「この胡桃の樹はねえ、僕が10歳の時に種から植えたものですよ」と島本さん。するとこの木は環歴を迎えたことになる。感心していると、なにを思ったか島本さん、玄関に飛び込んだかと思うと、手にいっぱいの胡桃を持って戻ってきた。「これこれ、これがその実です」そしてその実を僕のポケットにねじ込むのであった。またも「差し上げ魔」の本領発揮である。 家でウイスキーの水割りをつくり、東京都新宿産の胡桃を割って食べた。香ばしくも優しい味がした。 ![]() ところで僕の親類の、南範子おばさんの俳句が届いている。 俳句とは面白いもので、年齢不詳のものが多い。年齢が17文字の中に入りきれない。だから若い人とも対等の土俵に立てる。次の句を見てほしい。 おばさんは、種明かしするな、と怒るかもしれないが、御年87歳である。昨年の暮れに神戸のホテルでごちそうになったが、寒紅〜の句はその時のものだろう。その時の写真がある。また僕が法大入学時父と共に、範子おばさんを訪ねた時のモノクロ写真もある。見るとおかしいなあ。このころ僕はまだらんぼうではなかった。父もおばさんも若かった。47年前のお宝写真ですよ(*^_^*)。 ![]() 範子おばさんの句をもう2つ。 言わずもがなでしょうが、これからもどしどし俳句を作って、我々を励ましてくださいな(反対か)。さて最後に僕の駄句を「俳句ノート山ノート」から、3句。 以上、今回はこの辺でおしまいです。またよろしく、 お元気で。 ![]()
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