みなみらんぼう 公式サイト
みなみらんぼう オフィシャルサイト
みなみらんぼう みんなの広場
みなみらんぼう 公式サイトのTOPへ
プロフィール
これまでに出版された書籍
これまでに販売されたCD
お問い合わせ先
ともだちの輪リンク
サイトマップ
みなみらんぼう 一歩二歩散歩 みなみらんぼう スローライフ
みなみらんぼう 青春の道標
青春の道標
日本経済新聞に連載されたものです。
 子高校の先生もみな男だった。
今考えると坊さんの学校みたいだった(笑)。
ある英語の先生は、毎日ペーパーテストをやり、出来が悪い生徒には、黒板消しでゴツンとやった。
イガグリ頭が叩かれると、チョークの粉が舞った。
この先生のアダ名はアチャコ。
数学の先生はダッコちゃん、物理の先生は二等兵とみなアダ名が付いていた。
 二等兵の特技は今だに語りぐさだ。
彼はなんと授業中オナラが出そうになると、ピタッと話すのをやめ、「おいみんな出るぞ出るぞ!」と叫んで、教壇の上でオナラを
するのである。
それがただのオナラではない。
ドレミファをちゃんと音程通りふくのである。
「うーん、今日は調子が悪い、ミまでしか出なかった」などと言うのだからおかしい。
 後日、先生が校長を最後に退職された折り、この話をしたら「ある時はちゃんとドレミファを最後まで吹けた」と自慢して
いらした。
食事まで気を配ってなしとげたということだから頭が下がる。
 化学の先生は余談の名手で、戦争中に本気で風船爆弾を作って飛ばした話など、授業終了のベルがうらめしかった。
 三年の時、新任の国語の先生が来た。
僕らとあまり年の変わらない先生なので、私語したり受験勉強をしたりしていた。
その先生が黒板をバン!と叩いて怒ったことがある。
「君達、僕がこれほど真剣に話しているのに聞けないのか!?」
 僕らは先生が怒るのを初めて見て、いったい何の話をしていたんだろうと、一瞬襟を正した。
黒板にはアルチュール・ランボーと書かれていた。
僕はノートの片隅にこのフランスの大詩人の名をしたためた。
 二十五歳のとき、作詞作曲家として世に出るに当たり、僕はペンネームにこの“ランボー”をとり、みなみらんぼうとし、
彼の代表作の『酔いどれ船』から『酔いどれ女の流れ唄』を作った。
まさにランボー様さまであった。
6.この金で東京へ行って頑張れ > 青春の道標の目次へ > 4.黄金のひととき