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みなみらんぼう 青春の道標
青春の道標
日本経済新聞に連載されたものです。
 「青春の道標」はいつまで立てられるのだろうか。
もしかしたら死ぬまで立てられるのではないか、と僕は思っている。
僕は五十歳の年から、学生時代にかじっていた山登りを再開した。
 五十五歳になるのを記念して、高校時代に憧れたアフリカ大陸の最高峰、キリマンジャロ(五八九五)に登ろうと決めた。
ヘミングウェイの小説『キリマンジャロの雪』の書き出しは「キリマンジャロの西の山頂近くに、ひからびて凍てついた一頭の豹の
死体が横たわっている。
そんな高いところまでその豹が何を求めて登って来たのか、誰も説明した者がいない」というもので、この不条理ともいうべき
命題は、ずっと心の中にくすぶり続けていた。
 「キリマンジャロに豹を見に行くぞ」と公言した僕は、高校のバレーボール部以来、初めてジョギングを開始した。
高三だった長女が一緒に走ってくれたのはいいが、翌日カミさんが買物に行くと「昨日の夕方お宅のお嬢さんが、ストーカーに
追いかけられていたそうよ」なんて言われた。まったく。
 キリマンジャロ国立公園のゲートから歩き始め、一日約千メートルづつ高度を上げ、途中高所順応のため一泊し、
五日目の夜十二時半にアタックキャンプを出発した。
すでにそこは四千七百メートルを超えている。
 月面探査のような夜のキリマンジャロだった。
星月夜がやがて黎明にとって代わる頃、僕らは山頂近くにいて、ご来光にステンドグラスのように輝き始める氷河を見ていた。
涙が頬を伝った。
豹はいなかったけれど、そこに僕は立ち、明けゆくアフリカ大陸を眺めることができた。
 知人の持つイリジューム電話を借りて山頂から自宅に電話を入れた。
長女がいた。
彼女は「お父さん、人生の華ね」となまいきなことを言った。
そうかも知れない。
夢を持ち続け、好奇心と意欲を失わず歩いて行けば、またいつかいくつもの華を咲かせることができるのだ。
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